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  <title>日本語のために</title>
  <tagline>日本語を読み書きするときにおかすマチガイを中心にした読み物</tagline> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/index.html" /> 
  <modified>2008-12-06T01:51:22</modified>
  <entry>
  <title>更新サイトのおしらせ</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10413116.html" /> 
  <issued>2007-09-17T13:19:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		いつも お読みいただき ありがとうございます。<br />
<br />
昨年6月25日に この ブログを はじめて 15カ月近くが 経過し、記事数も 467本に なりました。<br />
<br />
Mac づかいにとって使いづらいところもあり、本日をもって、ここのブログの更新を停止することにしました。しばらくは このままにしておきますが、いずれ閉鎖することになります。<br />
<br />
なお、ブログは、「<br />気になってならない<br />」において継続いたします。過去ログも同所でお読みいただけます。<br />
<br />
おてまをおかけして恐縮ですが、ブックマークの書きかえもお願いいたします。 <br />
<br />
今後とも 「<br />気になってならない<br />」にて おつきあいのほど よろしく お願い申しあげます。<br />
<br />
  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>誤解をまねく文章</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10412994.html" /> 
  <issued>2007-09-17T08:35:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		つい やってしまいそうな、誤解をまねく文章の例です。<br />
<br />
つぎの新聞記事をご覧ください。<br />安倍晋三首相に辞意を表明した。「しょうがない」という言葉が、さも原爆投下を是認したかのように報道された。これまでも原爆投下について「あってはならないことだ」と繰り返し言っていたが、不用意な発言だったと反省している。全国の被爆者、後遺症に苦しんでいる人、いろんな方々の心情を思うときに大変申し訳なかった。参院選で足を引っ張るようなことがあっては大変申し訳ないという気持ちになった。この際はきっぱりと、わたしの不用意な発言が首相にマイナスにならないように、もう既にマイナスになったかもしれないが、わたし自身が身を引く決意をした。<br />記憶から消えさっていない有名な失言のあとで辞任を表明したときの発言です。<br />
<br />
この文章から<br />これまでも原爆投下について「あってはならないことだ」と繰り返し言っていたが、不用意な発言だったと反省している。<br />という文を取りだしますと、文章のおかしさが浮きあがってきます。"原爆投下は あってはならないことだ"と言ってきたことが不用意な発言であったと反省しているものとして受けとめられます。<br />
<br />
原爆投下のことをしようがないと言ってしまったがゆえに謝罪や釈明、そして辞任にいたったという、ことの いきさつを知っていますので、「不用意な発言だった」の対象が「しょうがない」であることも知っています。そのため、この文章もスッと読み流してしまいますが、事情をまったく知らないひとが記事を読んだとき、「不用意な発言」が指し示すものがどれなのか、判断に苦しむのではないでしょうか。原爆投下をあってはならないことと言うような不用意なことをしてしまったとアメリカ人なら考えるかもしれません。<br />
<br />
逆接の接続助詞「が」で文をつないでいることが よろしくないのですね。文を分けましょう。<br />
<br />
《これまでも原爆投下について「あってはならないことだ」と繰り返し言ってきた。ところが、「しょうがない」という言葉が、さも原爆投下を是認したかのように報道された。不用意な発言だったと反省している。》<br />
<br />
文の順序をいれかえて、「しようがない」と「不用意な発言」を近づけておくほうがいいでしょう。<br />
<br />
「が」をつかうのであっても、逆接になるように、文の順序をいれかえておくほうが分かりやすいですね。<br />
<br />
《これまでも原爆投下について「あってはならないことだ」と繰り返し言ってきたが、「しょうがない」という言葉が、さも原爆投下を是認したかのように報道された。不用意な発言だったと反省している。》<br />
<br />
これでしたら、誤解のしようがありません。<br />
<br />
発言を要約するときは、意が通じるように前後をいれかえたりして、気をつける必要がありますね。対談やインタービューを文章におこすときには当然のようにやっていることです。<br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>つきびと　つけびと</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10412441.html" /> 
  <issued>2007-09-16T07:20:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		「つきびと」と「つきびと」，どちらも たびたび耳にすることばです。関取については"つけびと"に統一されているようですが、芸能人については、あるときは"つきびと"であり、また あるときは"つけびと"です。どちらでも おなじように思えるのですが、辞書にあたってみました。<br />
<br />
広辞苑第1版：<br />
　つきびと【付人】付いて世話をする人。つきそい。<br />
　つけびと【付人】(1) つけておく人。つきそい人。<br />
　　　　　　　　　(2) 付家老。<br />
　　　　　　　　　(3) 侠客などを応援する浪人侍。<br />
広辞苑第2版：<br />
　つきびと【付人】付いて世話をする人。つきそい。つけびと。<br />
　つけびと【付人】(1) 側近につけておく人。つきそい人。つきびと。<br />
　　　　　　　　　(2) 付家老(<br />つけがろう<br />)に同じ。<br />
　　　　　　　　　(3) 侠客などを応援する浪人。<br />
　（注・付家老というのは、幕府から親藩に、本家から分家に、監督のために家老として送りこまれたひと）<br />
<br />
日本語大辞典：<br />
　つきびと【付(き)人】(1) 付き添って世話をするひと。付き添いの人。<br />
　　　　　　　　　 　 (2) 芸能人や力士などに、いつも付き添って世話をする人。<br />
　つけびと【付け人】(1) 保護･監督のために付けておく人。<br />
　　　　　　　　　　(2) 付き添って身の回りの世話をする人。付き人。<br />
<br />
新明解国語辞典第4版：<br />
　つきびと【付(き)人】芸能人の世話をする人。付け人。<br />
　つけびと【付(け)人】(1) 付き人。〔狭義では、〕十両以上の関取の身の回りの世話をする、若いすもう取りを指す。<br />
（ツッコミ：関取とは十両以上にきまっているから、十両以上という語を使うなら"力士"としたほうがいいのではないですかね）<br />
　　　　　　　　　 　 (2) 監督として、そばに付けておく人。<br />
<br />
<br />
どうやら、もともとは、別の意味のことばであったと思えます。<br />
<br />
世話係という意味では「つきびと」が適当であるようです。<br />
<br />
「つけびと」は、関取と助っ人の浪人ものを別にして、監督役をいっていたように読みとれます。関取と助っ人の浪人ものについてはボデー･ガードといったところでしょうかね。関取については、世話をする役目もおおせつかるようになっていったというところでしょうか。<br />
<br />
芸能人についているひとを"つけびと"といった場合には、その芸能人の行動を監督･規制するためにプロダクションがつけたひと、あるいは、ボデー･ガードと解釈してしまっても かまわないということになりそうです。<br />
<br />
「力道山本人が趣味で購入し、主に付け人が撮影していたと思われる１６ミリのフィルム」という新聞記事での表記は、力道山が もと関取(関脇)であったからなのでしょう。力道山にはボデー･ガードは不要でしょうからね。腹部を刺されてしまいましたが。<br />
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  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>おしらせ──あすは休みます</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10411138.html" /> 
  <issued>2007-09-14T07:49:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		都合により、あす15日は更新を休みます。<br />
<br />
  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>まぜがき</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10411133.html" /> 
  <issued>2007-09-14T07:40:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		舛添大臣が年金保険料の横領問題に関して、泥棒は刑務所にはいってもらわなければならない、というようなことを言いました。それを報道するテレビでは「泥棒はろう屋へ」とテロップに書いておりました。<br />
<br />
ぬすっとは"蝋"の製造所で蝋燭{<br />ろうそく<br />}の製造に励めとでもいうのでしょうか。新聞は原則として"ろうや"という語を使用しません。スポーツ新聞や一部の一般紙には"牢屋（ろうや）"というように"よみがな"をつけて使用するところもあるようです。ネットニュースサイトでは常用漢字表外文字を使用しますので"牢屋"と書いていたものが見られます。<br />
<br />
へたな"まぜがき"をしますと、わかりにくいコトバになってしまいます。"行い"もそうですね。"おこない"なのか"コウイ"なのか、まぎらわしいコトバです。"為"が教育漢字ではないために、このような書きかたもなされています。<br />
<br />
文化庁の「平成18年度『国語に関する世論調査』の結果について」を報道していた産經新聞は、文化庁のサイトに掲載されていない"まぜがき"について触れておりました。（「<br />増える「交ぜ書き派」漢字力、進む二極化<br />」<br />産經新聞、2007-09-08<br />）平成15年度の調査とくらべて<br />「振り仮名つきの表記がよい」は１３〜１７ポイント減少。逆に「交ぜ書きがよいとする」は０〜７ポイント増加、「漢字のみがよい」は６〜１５ポイント増えた。<br />ということです。パーセンテージに幅があるのは、年齢層による違いなのか、調査対象となった「愕然、闇夜、剥製、破綻、玩具、刺繍」の各語による違いなのかは書かれていませんので分かりませんが、おそらく後者だと思います（根拠はありません。勘です）。<br />
<br />
「カナ書きがよい」とする選択肢はなかったのでしょうね。<br />
<br />
ハクセイは剥製しかありませんが、シシュウには、刺繍以外に、死臭、歯周、四周、詩集、などの同音語がありますので、単純なカタカナ表記では不都合があります。<br />
<br />
上記6語のなかでは「やみよ」だけが日本語です。それぞれ、「ひどく おどろく（ひどく おどろいた）、やみよ、ハクセイ、いきづまり、おもちゃ、シシュウ」と いえます。ハクセイとシシュウについては、日本語が思いつきませんでしたが、専門家でしたら、いい日本語を みつける か つくる か してくれることでしょう。剥製はハクセイでいいかもしれません。わざわざ表外漢字を使うことはないと思います。<br />
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  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>お題目</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10410378.html" /> 
  <issued>2007-09-13T07:56:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		人間国宝･桂米朝師が復活させた上方落語に「地獄八景亡者戯{<br />じごく ばっけい もうじゃ の たわむれ<br />}」という演目があります。余談ですが、きちんと文字数が奇数になっています。「仮名手本忠臣蔵」「世話情浮名横櫛{<br />よ は なさけ うきな の よこ'ぐし<br />}」「女殺油地獄{<br />おんな ごろし あぶら の じごく<br />}」、歌舞伎など古典芸能の演目の題名は奇数ときまっています。歌舞伎の演目のような読みかたをさせる題名をつけたものに偶数文字数のものがたまにみられます。験かつぎの習慣をご存じではないのですね。<br />
<br />
「地獄八景亡者戯」には、念仏を買うという、くすぐりの場面があります。いい念仏を買って持って行ったら、閻魔大王の裁きを受けるときに、念仏の功徳{<br />くどく<br />}で罪が軽くなるというので、念仏町で念仏を買うのです。宗旨によって店が別になっており、浄土宗や一向宗は南無阿弥陀仏屋で、日蓮宗は南無妙法蓮華経屋で、真言宗はオンアボキャーベーロシャノーマカボダラマニアンドバジンバラハラバリタ屋で、キリスト教はアーメン商会で買うということになってるのです。念仏でないものも念仏町で買うというのも奇妙なものですが、それらをまとめた言いかたがありませんので、いたしかたのないところでしょう。<br />
<br />
"むかし むかし あるところで"で始まる昔ばなしを題材としたラジオ番組で「たのきゅう と 大蛇」という話が放送されていました。ラジオですので音だけですから文字はわかりませんが、"たのきゅう"というのは落語にある田能久だろうと思います。<br />
<br />
その番組の中に<br />
》お題目をとなえていました。「なむあみだ。なむあみだ」《<br />
というところがありました。<br />
<br />
台本を書いたひと、朗読をしていたひと、録音技術者にディレクターにプロデューサーと、関係者は多いでしょうに、どなたもご存じでは なかったのですかね。<br />
<br />
「題目」には「表題･外題、主旨」といった意味があり、"お"をつけた「お題目」は、多くのかたがご存じのように、「南無妙法蓮華経」です。法華宗のことを題目宗ともいうそうです。「なむあみだ」つまり「南無阿弥陀仏」は「念仏」「お念仏」です。<br />
<br />
こういうことも分からなくなっている世代が番組を通じて世の中を動かしているのでしょうかねえ。日本語は変わってゆくでしょうねえ。<br />
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  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>渓谷か峡谷か</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10409654.html" /> 
  <issued>2007-09-12T07:50:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		日本全国あちらこちらに"渓谷"があります。"谿谷"とも書かれます。"たに{<br />谷<br />}"と言っていいところ、漢語をつかえば体裁がいいということでしょう、漢語で書かれます。<br />
<br />
兵庫県丹波市で発見された大型草食竜、愛称を丹波竜といいます。日本ではじめての全身骨格発見が期待されているということです。その可能性が高いのだそうです。丹波竜が発見されたのは篠山川ぞいの丹波市山南町上滝の岩場です。<br />
<br />
現地では「川代渓谷」と呼びならわしており、土木事務所による表示や印刷物などにも「川代渓谷」とされているのです。ところが、学術的観点から、市が「川代峡谷」と呼びはじめ、混乱しているということです。<br />
<br />
"渓谷"と"峡谷"を辞書で確認してみましょう。<br />
<br />
・広辞苑第1版<br />
　【渓谷・谿谷】谷。谷間。<br />
　【峡谷】幅の割に著しく深く細長い谷。<br />
<br />
・新明解第4版<br />
　【渓谷】「たに(ま)」の意の漢語的表現。<br />
　　【谷間】谷（のようになっている所）。「都会の谷間」「好景気の谷間」<br />
　　【谷】(1) 両側が台地や山にはさまれて低く くぼんだ地形の、細長い一続きの土地。<br />
　　　　　(2) 波の低い所や、かわら･トタン板などの、へこんだ所。<br />
　　【峡谷】幅が狭くて、両岸が険しいがけになっている谷。Ｖ字谷。<br />
<br />
漢字源によると、"峡"１文字で「山あいのせまい谷間"という意味があるということです。<br />
<br />
"峡谷"とは、幅がせまくて、深い深い谷のことをいうようです。学術的には、河川が山地を浸食してできた、険しいＶ字谷──を称する語だということですが、峡谷とはされない谷でも河川に浸食されてかたちづくられたものでしょうから、せまくて せまくて せまくて 深い深い深い谷のことだと判断できます。地学的な判断がなされるものと思われます。<br />
<br />
一般の人間にとっては、どちらも"たに"にちがいはないわけで、どちらでも いいではないかと思うのですが、官庁としては そうもいかないようです。<br />
<br />
"みる"を、見る、診る、視る、観る、看る、覧る、などと書きわけているように、ちょっとした違いをとりいれて漢字をつかいわけしていることが、こういう馬鹿らしい騒動の原因なのでしょう。<br />
<br />
学術的側面での呼称はともかくとして、「川代の谷」でいいではないですか。<br />
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  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>垂れ幕</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10409063.html" /> 
  <issued>2007-09-11T07:07:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		デパートや県庁舎、市役所、町役場、などのビルの壁面に、文字が書かれたタテに長い布が ぶらさげられていることがあります。「垂れ幕」といいます。<br />
<br />
マラソンなどのスタート地点には、道の端から端までにわたって、大会名などの文字が書かれたヨコに細長い布が張られます。「横断幕」といいます。<br />
<br />
このふたつを混同することはないものと思っていました。<br />
<br />
ところが、あったのです。料金を徴収している放送局の番組でした。<br />
<br />
たまたま目にしたテレビ番組で岸和田のだんじりまつりを取りあげていました。だんじりまつりに新規参入する町があらわれたのが53年ぶりだということで、ことし新規参入をはたすことになった南上町{<br />みなみうえまち<br />}を取材していたのです。<br />
<br />
そのなかで、「南上町　新規参入」と書かれた幕を「垂れ幕」と言っていました。画面にうつっていたのは、道の端から端にわたって張られていた「横断幕」でした。<br />
<br />
ナレーターは本番前に画像を見ることがないのでしょうか。ディレクターは映像とナレーションをチェックしないのでしょうか。<br />
<br />
公共放送なのですから、日本語をただしく使ってもらいたいですね。<br />
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  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>年金の不払い問題</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10408407.html" /> 
  <issued>2007-09-10T07:11:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		「年金の不払い問題」ということがいわれています。これをことば通りに解釈しますと、国が年金を支払わない、ということです。なぜ支払わないのかというと、年金保険料が支払われていなかったからです。ところが、被保険者が支払っていても国･社会保険庁が受け取っていないというので問題になっているわけです。<br />
<br />
》京都知事も「年金未納扱いされた」　社保庁に怒り《<br />
これは新聞記事の見出しです。「年金未納」としていますが、「年金保険料未納」<br />（納付していなかったということなのですが、納付期日後であっても一括納付できるという制度があり、それができる期間中であれば未納付ということになるわけです）<br />がいいたいことです。本文中では<br />
《年金保険料を未納扱いされていたこと》<br />
と書かれています。見出しのことなので短くする必要があったためかとも思えるのですが、たった3文字のことです。<br />
<br />
なお、官庁に支払うことを納付といいます。税金や手数料を支払うことを納付というのはいいのですが、年金保険料を支払うことを納付というのには、その性格上、おかしな感じがします。<br />
<br />
》未納年金５−１０年分、一括払いで満額受給を《<br />
こういう見出しもありました。記事本文では、<br />
》国民年金の未納対策の一環として、過去の未払い保険料の一括追納を認める「特例納付制度」の再実施の検討に入った。《<br />
という書きかたをしています。年金保険料の未払いのことを年金未納といっているように受けとれます。くどいようですが、年金保険料を支払うのは被保険者であり、年金を被保険者に支払うのは国なのです。<br />
<br />
この方式で書くなら、<br />
「国民年金の保険料は納めていたので」<br />
は<br />
「国民年金は納めていたので」<br />
でいいことになってしまいます。<br />
<br />
《納めたはずの公的年金の保険料が「未納」にされている》<br />
《の年金給付係長が９７〜９９年、両親が未納だった厚生年金保険料を支払ったように偽装したり》<br />
《国会議員に保険料未納が相次いで発覚したことによる》<br />
と書いている記事もあるのです。おなじ新聞社の別の記事では、<br />
》３年前の参院選は「年金未納議員はけしからん」《<br />
と書いているのですから、記者自身が意識していないのかもしれません。<br />
<br />
納付するのは被保険者であり、国が支払うことは納付とはいわないので、未納といえば保険料の未払いに決まっている──そのため、年金未納ということばで年金保険料未払いを意味させているというのでしょうかねえ。そうだとすると、「年金の不払い問題」というのは国が年金を支払わない問題ということではなくて、被保険者が年金保険料を支払わない問題、あるいは、被保険者が年金保険料を支払っているにもかかわらず不払い扱いされた問題であり、「年金保険料不払い問題」あるいは「年金保険料不払い扱い問題』ということなのですね。つまり、ことば通りに解釈してはいけないということになります。<br />
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  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>続･平成18年度「国語に関する世論調査」について</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10407862.html" /> 
  <issued>2007-09-09T07:40:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		きのう書き忘れておりました。文化庁の「平成18年度『国語に関する世論調査』の結果について」が掲載されているページは<br />こちら<br />です。<br />
<br />
<br />
問７　漢字を手書きで書こうとして書けないときに、漢字を調べる手段（選択肢の中から複数回答可）<br />
<br />
この設問に対するおどろくべき回答は、新聞、ラジオ、テレビで報道されていましたね。携帯電話の漢字変換をその手段とするという回答は、16〜19歳が63.3％、20代が79.3％と跳ねあがり、30代が62.5％、以下60歳以上の8.9％まで直線的に下降しています。高校生では、知らない漢字を使用して文章を書くことが、大学生や、社会人になっての数年間にくらべて少ないということが関係しているのでしょう。<br />
<br />
話題になっていた携帯電話の漢字変換機能で調べるという回答は、男性が28.9%なのに対して、女性は40.8%という結果です。ワープロやパソコンでの漢字変換は、男性29.9%、女性13.0%という結果ですので、パソコンを使用する女性が少ないことがみてとれます。携帯電話でメールを送ることも、女性のほうが多いのではないでしょうか。残念なことに、当該ウェブページには、年齢層別に男女それぞれの数字が書かれておりません。<br />
<br />
読みかたを知っている漢字なら漢字変換で調べられるでしょうが、読みかたが分からない、あるいは、間違った読みかたで覚えている漢字は調べられませんね。<br />
<br />
<br />
問１０　「常用漢字表」について、次の二つの考え方のどちらに近いか<br />
　　A　すべての常用漢字を，読めて書けるようにすることが望ましい<br />
　　B　一部の常用漢字については，読めるだけで書けなくてもよい<br />
<br />
この設問は付問とはされていませんので、常用漢字表の存在を知らなかったひとも答えていることになります。常用漢字表の存在を知らないひとでも常用漢字自体は知っているという前提での設問と思えます。<br />
<br />
　　　　　　　　　　　全体<br />
Ａの考えに近い　　　　46.7%<br />
Ｂの考えに近い　　　　40.8%<br />
どちらともいえない　　10.4%<br />
<br />
年齢層別の率をながめておりますと、個人差が大きいのだろうと思えます。ところが、別の設問への回答とのクロス集計結果では、ことばづかいに対する関心が強いひと、新聞を読むひと、パソコン･ワープロを現在使用しているひとに"Ａの考えに近い"比率が高い傾向がみてとれます。ただし、極端な差異はありません。<br />
<br />
<br />
問１１　つぎに掲げる漢字が日常生活でどの程度使われていると思うか<br />
<br />
常用漢字6字（遵、勺、逓、弐、厘、謄）と常用漢字表外漢字6字（誰、奈、頃、阪、痕、岡）について問うています。特定用途にしか使われていない常用漢字と、地名などで使われている表外漢字について聞いているのです。常用漢字表の作りかえが念頭にあるのでしょうか。<br />
<br />
案の定、"よく使われている"という回答のあったのは、最低が"勺"の10.3%、常用漢字の最高が"厘"で33.7%でした。対して表外漢字は、"痕"の31.3%を別にすると、82.9%から89.7%という高率でした。<br />
<br />
"ときどき使われている"をも含むと、常用漢字の"勺"は35.4%、"厘"は64.7%、最高の"弐"で67.4%ですが、表外漢字の"痕"は63.9%で、これ以外の表外漢字は93.6%から96.6%と非常な高率です。<br />
<br />
奈、阪、岡を"まったく使われていない"とした0.5%から1.0%のひとは、奈良、大阪、岡山、福岡、盛岡、といった地名をも目にしたことがないという"ヘソまがり"なのですね。<br />
<br />
<br />
問１２は漢字で書くか、かなで書くか、という設問です。<br />
<br />
常用漢字音訓表に書かれていない読みかたであっても漢字を使用する傾向が、「みなさんの期待にコタえたいと思います」(応)、「この仕事にカカワった人はたくさんいる」(関) に見られます。<br />
<br />
常用漢字表外漢字を使う傾向も「完璧」「（寄せ）鍋」「鶴」に見られます。おもしろいことに、「憂鬱」の「鬱」を漢字で書く割合が、手書きのときには14.2%であるのに、ワープロ･パソコンでは71.5%であることです。「矍鑠が顰蹙をかう憂鬱さ（<br />カクシャクがヒンシュクをかうユウウツさ<br />）」という川柳を思いだしました。この川柳を漢字で手書きできるひとは そんなには いないことでしょう。書けなくたっていいのです。読めればね。<br />
<br />
<br />
問１３で、文書作成のためにワープロやパソコンをどの程度使っているかを尋ねており、現在使用中、過去に使っていた、というひとに対する付問で、それらを使用することについての感想を尋ねています。<br />
《（ ）内は平成7年度の調査結果》<br />
<br />
・漢字の書きかたを忘れることが多くなった<br />
　　　　　　　　　　　　　　・・・・50.8％（38.5%）<br />
・文章の中で漢字を多く使うようになった<br />
　　　　　　　　　　　　　　・・・・42.9％（38.7%）<br />
<br />
漢字を忘れる傾向が強くなったにもかかわらず、漢字を使用する頻度があがっています。反作用でしょうか。<br />
<br />
パソコンで文章を作成していますと、かな書きするためには、パソコンに学習させなければなりません。購入したままですと、ほとんど、漢字に変換されてしまいます。この ことばは かなで書くのだよ と覚えさせなければならないのです。面倒です。しかし、この作業をしませんと、漢字たっぷりの文章になってしまいます。IMによっては、学年別漢字配当にあわせたり、常用漢字に限定したりすることができますが、かな漢字の"まぜがき"が発生してしまいます。やはり、学習させなければなりません。<br />
<br />
<br />
問１４では、漢字の多用傾向についての設問です。<br />
　（ア）ワープロなどによって漢字が簡単に打ち出せるのだから、漢字をどんどん使っていくことは望ましい<br />
　（イ）ワープロなどで漢字が簡単に打ち出せるからといって，必要以上に漢字を多く使うのは望ましくない<br />
<br />
どちらの考えに近いかを尋ねています。<br />
《（ ）内は平成10年度の調査結果》<br />
<br />
　　　　　　　　　　　全体 　　　 16-19歳 　60以上<br />
(ア)の考えに近い　41.9%（39.4%）　 55.7% 　 32.7%<br />
(イ)の考えに近い　45.1%（45.0%）　 39.2% 　 43.4%<br />
分からない 　　　 13.0%（15.6%） 　  5.1% 　 23.9%<br />
<br />
　　　　　　　　　　　16-19 男 　16-19 女<br />
(ア)の考えに近い　　　　38.9%　　 69.8%<br />
(イ)の考えに近い　　　　52.8%　　 27.9%<br />
<br />
若い女性は、漢字をたくさん使うことをカッコいいとでも思っているのでしょうか。<br />
<br />
7月末日以前のこのブログをお読みのかたにはお分かりだと思いますが、わたしは（イ）の立場です。<br />
<br />
<br />
問１３で、ふたつの言いかたのどちらを使うかを、５つの例をあげて尋ねています。<br />
<br />
（1）「混乱したさま」を<br />
（a）上や下への大騒ぎ　　　　・・・・・58.8％<br />
（b）上を下への大騒ぎ　　　　・・・・・21.3％<br />
（a）と（b）の両方とも使う　　・ ・・・  2.5％<br />
（a）と（b）のどちらも使わない ・・・・12.9％<br />
 分からない 　　　　　　　　　 ・・・・・ 4.5％<br />
<br />
(b)が本来の言いかたですが、少数派です。<br />
<br />
こういう設問の中に驚くべきものがありました。<br />
<br />
（4）「差し出て振る舞うものは他から制裁されること」を<br />
（a）出る杭（くい）は打たれる　・・・・73.1％<br />
（b）出る釘（くぎ）は打たれる　・・・・19.0％<br />
（a）と（b）の両方とも使う 　　 ・・・・  2.5％<br />
（a）と（b） のどちらも使わない ・・・・ 3.0％<br />
 分からない 　 　　　　　　　　　 ・・・・  2.4％<br />
<br />
(a)を本来の言いかたとしています。驚きました。「釘」を間違いだとした書籍は、「<br />出る杭は打たれる<br />」に書いておりますように、わたしが図書館で確認した範囲ではゼロでした。コンビニで売られていた文庫本に間違いだとしたものがあったものですから調べたのです。もともとは中国のことばで、「釘」が使われていたことばなのです。<br />
<br />
こういう書きかたをされますと、「出る釘は打たれる」が間違いだということになってしまいます。いってみれば本家である「出る釘は打たれる」ということばに失礼なことです。わたしが見たうちでたったひとつの「出る釘は打たれる」を間違いだとしていた あの文庫本を書いたかたが文化庁の調査にかかわっていたのでしょうかねえ。<br />
<br />
「60歳以上で本来の言い方である(a)『出る杭（くい）は打たれる』が6割台前半と最も低く，本来の言い方ではない(b)『出る釘（くぎ）は打たれる』が3割弱と最も高い」<br />
と分析されています。年齢層ごとの数字を比較しての"最も低く" "最も高い"ということです。高齢者には、本来の言いかたである「出る釘は打たれる」を知っているひとが多いということがいえるのではないでしょうか。<br />
<br />
<br />
問１７は慣用句についての設問です。<br />
《（ ）内は平成14年度の調査結果》<br />
<br />
（1）役不足<br />
（ア）本人の力量に対して役目が重すぎること<br />
　　　　　　　　　　　　・・・・50.3％（62.8%）<br />
（イ）本人の力量に対して役目が軽すぎること<br />
　　　　　　　　　　　　・・・・40.3％（27.6%）<br />
<br />
本来の意味である（イ）の比率が4年前にくらべて上昇しています。いい傾向ですね。しかし、まだ（ア）のほうが多いですね。いつ逆転するのでしょうかねえ。<br />
<br />
<br />
（2）流れに棹（さお）さす<br />
（ア）傾向に逆らって，勢いを失わせる行為をすること<br />
　　　　　　　　　　　　・・・・62.2％（63.6%）<br />
（イ）傾向に乗って，勢いを増す行為をすること<br />
　　　　　　　　　　　　・・・・17.5％（12.4%）<br />
<br />
これも、本来の意味である（イ）の比率が4年前にくらべて上昇しています。けれども、逆の意味に解釈するひとが圧倒的に多いですね。<br />
<br />
このブログでも、「<br />いいこと言うね<br />」というエントリーで「流れに棹さす」を使用しているのですが、誤解されて、文意上、混乱を起こしていることでしょう。普通には使用しないほうが安全な"ことば"だといえるでしょう。<br />
<br />
<br />
（3）気が置けない<br />
（ア）相手に気配りや遠慮をしなくてよいこと<br />
　　　　　　　　　　　　・・・・42.4％（44.6%）<br />
（イ）相手に気配りや遠慮をしなくてはならないこと<br />
　　　　　　　　　　　　・・・・48.2％（40.1%）<br />
<br />
これは、本来の意味である（ア）の比率が4年前にくらべて減少し、逆転してしまっています。どうしたことでしょうか。<br />
<br />
このことばについては、先日、"置く"の意味にポイントがあるという主旨で「<br />誤用されるコトバ［置く］<br />」というエントリーに書いております。<br />
<br />
<br />
「気が置けない」というのも、使用するのがためらわれることばですね。<br />
<br />
<br />
（4）ぞっとしない<br />
　　例文：今の映画は，余りぞっとしないものだった。<br />
（ア）面白くない　　　　・・・・31.3％<br />
（イ）恐ろしくない　　　・・・・54.1％<br />
<br />
（ア）を本来の意味としています。そういえないこともないでしょうが、辞書にはつぎのように記載されています。<br />
<br />
・広辞苑第1版第2版 　 ：記載なし<br />
・日本語大辞典　　　　：感心しない<br />
・新明解国語辞典第4版 ：感心しない<br />
<br />
おもしろい･おもしろくない、だけではなく、もっと意味範囲の広いことばですね。<br />
<br />
（イ）が多くなる理由は分かります。<br />
<br />
「ぞっと」<br />
・広辞苑第1版第2版 　 ：身の毛のよだつさま。寒さの身にしみるさま。心底までしみとおるような感じをいう。<br />
・日本語大辞典　　　　：身の毛がよだつさま。身にしみて感じるさま。<br />
・新明解国語辞典第4版 ：（危険と背中合わせになっていた事に気づいて）身の毛がよだつ思いがすることを表わす。<br />
<br />
「ぞっとする」と「ぞっとしない」が対応する語でないことが原因ですね。これは覚えなければならないでしょう。<br />
<br />
一般的に、「ぞっとする」ではなくて「ぞーっとする」という言いかたをするのではないでしょうか。怖くないホラー映画でしたら、「いまの映画は あまり ぞーっとしないものだった」という言いかたもアリだと思います。<br />
<br />
<br />
（5）やおら<br />
　　例文：彼はやおら立ち上がった。<br />
（ア）急に，いきなり　　・・・・43.7％<br />
（イ）ゆっくりと　　　　・・・・40.5％<br />
<br />
（イ）を本来の言いかたとしています。ただ、単に、ゆっくりと、というイメージではなく、悠然として、というイメージがあります。<br />
<br />
・広辞苑第1版 　 　 　 ：そろそろ。おもむろに。しずかに。<br />
・広辞苑第2版 　 　 　 ：そろそろ。おもむろに。しずかに。やわら。<br />
・日本語大辞典　　　　：おもむろに。ゆうゆうと。静かに。<br />
・新明解国語辞典第4版 ：静から動に移る動作が、悠然として見える形容。<br />
<br />
<br />
こういう調査結果が広く報道されることで、ことばを大切にしようという動きが起こればいいのですが、ことしの発表を報道する姿勢の大勢はケータイで漢字の字体を調べるという面に焦点をあてたものでした。やれやれ、と残念に思っていましたら、それ以外の面にふれた報道があらわれてほっとしました。<br />
<br />
なお、下に列挙した新聞報道のうち最下行の「増える『交ぜ書き派』漢字力、進む二極化」には、文化庁のページに記載されていない"まぜがき"のことが書かれております。わたしは"まぜがき"には反対です。誤読の危険性がひそんでいます。単語全体をカナ書きするか、別の日本語で表記すればいいという立場です。<br />
<br />
<br />
【新聞報道】<br />
<br />・<br />漢字どう書く？辞書より携帯　２０代８割　国語世論調査<br />(asahi.com 2007-09-07)<br />
・<br />２０代は「携帯で辞書代用」<br />(iza! 2007-09-07)<br />
・<br />「誰」は「勺」より使用頻度高い＝文化庁調査<br />(時事通信出版局 内外教育研究会 2007-09-07)<br />
・<br />大騒ぎ「上や下へ」が５９％  文化庁の国語世論調査 <br />(共同通信 2007-09-07)<br />
・<br />慣用句、目立つ誤用　文化庁が国語世論調査<br />(CHUNICHI Web 2007-09-08)<br />
・<br />若者は漢字大好き…ただし「読めても書けず」<br />(iza!/産經新聞 2007-09-08)<br />
・<br />増える「交ぜ書き派」漢字力、進む二極化<br />(iza!/産經新聞 2007-09-08)　<br />SankeiWEB<br /> では、《漢字力、進む二極化…「振り仮名不要」「交ぜ書き」派増加》という、より分かりやすい見出しです。<br /><br />
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<br />
  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>平成18年度「国語に関する世論調査」について</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10407274.html" /> 
  <issued>2007-09-08T07:12:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		恒例の、文化庁による「国語に関する世論調査」の平成18年度分が発表されました。ことしの2月14日から3月11日にかけて調査されたものです。全国16歳以上の男女3,442人に個別面接調査を試み、得られた有効回答は56.4%の1,943人。ここ5年間でいちばん少ない人数になっています。有効回答比率も最低です。70%台であったものが昨年50％台に大幅に下がり、ことしは さらに下がっているのです。<br />
<br />
<br />
問１　日常の言葉遣いや話し方、あるいは文章の書き方など、言葉や言葉の使い方について、どの程度関心があるか<br />
<br />
"非常に関心がある"と"ある程度関心がある"をあわせて、男性が74.8%、女性が79.6%と、みなさん高い関心をお持ちのようです。このひとたちに、どのような点に関心があるかを問うたところ、<br />
<br />
・日常の言葉遣いや話し方　　　　　　　　　　・・・・73.7％<br />
・敬語の使い方　　　　　　　　　　　　　　　・・・・65.5％<br />
・文字や表記の仕方あるいは文章の書き方　　　・・・・23.3％<br />
・言葉の意味・由来やその歴史　　　　　　　　・・・・22.9％<br />
・新語・流行語　　　　　　　　　　　　　　　・・・・17.6％<br />
・発音やアクセント　　　　　　　　　　　　　・・・・15.4％<br />
・パソコン・携帯電話などの情報機器が国語に与える影響<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・・13.0％<br />
・外国語・外来語の使い方　　　　　　　　　　・・・・11.4％<br />
・共通語や方言　　　　　　　　　　　　　　　・・・・  9.5％<br />
・国語の教育や国語に対する対策　　　　　　　・・・・  7.8％<br />
・国際化が国語に与える影響　　　　　　　　　・・・・  4.7％<br />
・その他　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・・  0.6％<br />
・分からない　　　　　　　　　　　　　　　　・・・・  0.6％<br />
<br />
という結果がでています。<br />
<br />
書きかたよりも話しかたのほうに関心があるとみてとれます。重要なポイントです。<br />
<br />
<br />
問２　言葉や言葉の使い方に関して、困っていることや気になっていること<br />
<br />
・外来語・外国語の意味が分からないことがある　　　　　43.1%<br />
・流行語や新しい言葉の意味が分からないことがある　　　42.5%<br />
・辞書を引かなければ書けない漢字がたくさんある　　　　34.2%<br />
・年の離れた人たちが使っている言葉の意味が分からない　22.3%<br />
・読めない漢字にたくさん出会う　　　　　　　　　　　　20.5%<br />
（以下略）<br />
<br />
ことば意味の問題と漢字の問題に集約されるようです。<br />
<br />
ことばの意味は辞書やネットで調べましょう。なに、外国語をすべて覚える必要はありません。その場で意味が分かればいいのです。滅多に使われない単語は覚えないほうがしあわせです。<br />
<br />
教育漢字は書けるようにしなければならないでしょうが、それ以外の漢字は書けなくたってかまいません。書く内容を充実させるほうが大切です。ただ、読める漢字は増やしておくほうが得でしょう。最低でも常用漢字は読めるようにしておきましょう。もちろん意味は正確におぼえなければなりません。<br />
<br />
<br />
問３、４、５　新聞・雑誌・ウェブニュースをどの程度読むか<br />
<br />
　　　　　　　　　よく読む　ときどき読む　　読むの計<br />
新聞　　　　　　　 54.8％ 　 　　24.7％ 　　 　79.4％<br />
雑誌　　　　　　　 11.8％ 　 　　32.1％ 　　 　43.9％<br />
ウェブニュース　 　14.9％ 　 　　17.1％ 　　　 32.1％<br />
<br />
こういう設問は意味がありません。新聞で一番読まれているのは、テレビの番組欄だそうですからね。<br />
<br />
<br />
付問　（問３、４、５で"よく読む" "ときどき読む"と答えたひとに）<br />
　　　新聞・雑誌・ウェブニュースで使われている漢字を難しいと思うか<br />
<br />
　　　　　　　　　むずかしい　　　やさしい<br />
　　新聞　　　　　　　21% 　　　　　 6%<br />
　　雑誌　　　　　　 　 7%　　　　　13%<br />
　　ウェブニュース　 　 6%　　　　　16%<br />
<br />
この回答、不思議なのです。"読む"と回答したひとでも読んでいないのではないかと思えるのです。なぜなら、新聞では基本的に常用漢字しか使いません。表外漢字にはルビか読みがなをつけています。それに対し、雑誌は常用漢字以外の漢字を頻繁に使用しています。ウェブニュースについては、それが新聞系か雑誌系かそれ以外かによって漢字の使用基準はかわっています。したがって、新聞の漢字が一番易しいはずです。新聞はむずかしいことを書いているといった偏見がこういう回答を生みだしているのかもしれません。<br />
<br />
<br />
問６　漢字を習得する上で、どのようなことが役に立ったか（選択肢の中から三つまで回答）<br />
<br />
《（ ）内は平成14年度調査結果。記載のないものは今回の発表サイトに書かれていなかったものです。サイトで公開されている平成14年度の資料にはこの設問については記載されておりません。知りたければ報告書を買えということでしょう》<br />
<br />
・何度も手で書くこと　　　　　　　　・・・・68.7％（74.3%)<br />
・辞書(電子辞書，インターネット上の辞書を含む。)を小まめに引くこと<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・・50.9％（65.9%）<br />
・ワープロ，パソコンの漢字変換<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・・18.0％（12.3%）<br />
・部首やつくり，漢字の構造について説明を受けること<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・・15.4％（22.1%）<br />
・漢文を読むこと　　　　　　　　　　・・・・14.5％<br />
・振り仮名(ルビ)の多く付いた文章を読むこと<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・・14.2％<br />
・振り仮名(ルビ)の付いていない文章を読むこと<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　・・・・13.9％<br />
　(「その他」「何もない」「分からない」の記載は省略されています)<br />
<br />
何度も手で書く、というのは小学校時代の思い出からでしょうか。わたしの場合は、文字をじっと見ます。観察してパターンを認識するのです。手で書いたときに、形がおかしいものですと、間違っていると判断できます。こういうかたは多いのではないでしょうか。"文字を見る"というのが選択肢にありませんね。<br />
<br />
おもしろいのは、ルビについての正反対の回答がほぼ同率であることです。実際はどちらのほうがいいのでしょうかねえ。ルビがなければ漢和辞書にあたるということになり、文字の形をみることが求められるので覚える、ということでしょうか。わたしの場合は、ルビいっぱいの小説で覚えたように思えます。<br />
<br />
<br />
問８　常用漢字表があることを知っているか<br />
<br />
　知っているひ　51.3%<br />
　知らなひと　　44.7%<br />
　分からない 　　 4.1%<br />
<br />
「分からない」は知らないということでしょう。<br />
<br />
半分のひとが知らないということですよ。<br />
<br />
知っているひとのうち、常用漢字表を気にしないというひとが60.3%もいます。一般人は常用漢字に縛られているわけではないので、気にする必要がないからなのでしょう。気にしなければならないのは、新聞人と小中学校の教師ぐらいのものでしょう。<br />
<br />
<br />
時間がなくなってきました。この続きは、あした、書きます。あしたは、漢字のこと、慣用句のことを書く予定です。<br />
<br />
<br />
【新聞報道】<br />
<br />・<br />漢字どう書く？辞書より携帯　２０代８割　国語世論調査<br />(asahi.com 2007-09-07)<br />
・<br />２０代は「携帯で辞書代用」<br />(iza! 2007-09-07)<br />
・<br />「誰」は「勺」より使用頻度高い＝文化庁調査<br />(時事通信出版局 内外教育研究会 2007-09-07)<br />
・<br />大騒ぎ「上や下へ」が５９％  文化庁の国語世論調査 <br />(共同通信 2007-09-07)<br />
・<br />慣用句、目立つ誤用　文化庁が国語世論調査<br />(CHUNICHI Web 2007-09-08)<br />
・<br />若者は漢字大好き…ただし「読めても書けず」<br />(iza!/産經新聞 2007-09-08)<br />
・<br />増える「交ぜ書き派」漢字力、進む二極化<br />(iza!/産經新聞 2007-09-08)<br /><br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>走る道</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10406457.html" /> 
  <issued>2007-09-07T06:32:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		ことばの意味が変化してゆくことはよくあることです。意味の拡大解釈に端を発したもの、誤用にはじまるもの、その使われはじめには さまざまな要因があることでしょう。<br />
<br />
<br />
》海岸から 市内を走っている国道○号線までの《<br />
》半島の頂上を走る道《<br />
（前者はラジオ･ニュースから）<br />
<br />
いましがた、車イスの男性が踏切で列車にはねられたというニュースがラジオから聞こえてきました。ニュース原稿を読んだあと、現場を見にいったときの状況を話していたラジオのアナウンサーが<br />
》線路が走っている《<br />
と言っていました。<br />
<br />
走っている道、道が走る、という言いかたには違和感を覚えています。<br />
<br />
広辞苑第1版(1刷は1955年。所有しているのは1964年12刷)には、「走る」ということばに、この意味は記載されておりません。1970年の第2版4刷にも記載されてはおりません。<br />
<br />
広辞苑とおなじ版元の、1967年の岩波国語辞典第14刷(1刷は1963年)には「(道などが)ある方向に通じている。『山脈が東西に走っている』」と記載されています。<br />
<br />
1989年の日本語大辞典には「川や道が通っている」という意味が記載されています。<br />
<br />
1994年の新明解国語辞典には「特定の方向へ延長･進行･移動した状態に或ることが認められる。『道が東西に走る〔=延びている〕･九州へ走る〔=逃げて行く〕･敵陣に走る〔=味方を裏切って、敵に降参したり加担したりする〕･金策に走る〔=奔走する〕:苦味走る』」という意味が書かれています。<br />
<br />
1998年の角川新版古語辞典新装版4版にはこの意味あいでは記載されておりません。<br />
<br />
新明解の「特定の方向へ延長･進行･移動した状態に或ることが認められる」の例文では「道が東西に走る」だけが異質であるように感じます。ほかのものは、いずれも、"ひと"が移動することをいっておりますが、これだけが"ひと"ではないのです。<br />
<br />
だれでもがこのように感じているとは思いませんが、わたしの語感では、「山脈が東西に走っている」「川が走っている」「道が東西に走っている」には さほど 違和感は覚えませんが、「市内を走っている国道」や「半島の頂上を走る道」には落ち着きません。「市内を通っている国道」「半島の頂上を縫うように通っている道」と言ってほしいところです。<br />
<br />
「(道などが)ある方向に通じている」(岩波国語辞典)という意味だということですが、「すべての道はローマに通ず」を「すべての道はローマに走る」に言いかえることには無理がありそうです。<br />
<br />
だれかが「通っている」というべきところで比喩的に「走っている」を使用し、読んだひとたちが、カッコいいじゃないかと思ったかどうかは分かりませんが、まねて使用しはじめたのではないのかなとも思います。<br />
<br />
違和感の有無はどこに差異があるためにおこるのかを考えてみました。違和感を覚えないほうは、規模が大きい、鳥瞰しているようだ、という印象です。<br />
<br />
違和感を覚えない箇所で「通る」ではなく「走る」を使用してみようかとも考えています。<br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>わがことながら</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10405690.html" /> 
  <issued>2007-09-06T07:12:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		「われ」ということばは、低高と発音しますと大阪の河内地方では"あなた"のことですが、一般には高低と発音して"自分"のことをいいます。「われながら」では低高高高高で、「われ」の部分の高さが逆になります。「われながら」というのは、自分のしたこと･してきたことを、善悪につけて自己批判することをあらわすことばです〈新明解より〉。<br />
<br />
「自分自身をほめてあげたい」という有名なことばは「われながら あっぱれだ」ということです。自分自身に対する評価です。<br />
<br />
》車体は全長３・３メートル、幅０・７８メートル、重さ３８キロ。操縦した大阪産業大大学院の須藤隆さん（２５）は「乾電池でこんなに速く走れるとは思わなかった」と、われながらビックリ。《<br />
<br />
これは、1kmの直線を往復して平均時速105.95km、瞬間最高速度122km/hを記録した、単３乾電池192本を使った ひとり乗りの電気自動車についての報道記事の一部です。<br />
<br />
「乾電池でこんなに速く走れるとは思わなかった。われながらびっくりした」と本人が言っているのでしたらいいのですが、この記事では、第三者が「われながらビックリ」しています。「われながら」をご存じでないのですね。<br />
<br />
《「乾電池でこんなに速く走れるとは思わなかった」と、わがことながらビックリした様子。》<br />
ですと ひっかかりは感じません。<br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>突拍子のない</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10404883.html" /> 
  <issued>2007-09-05T07:56:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		"突拍子もないこと"というのは常識はずれのことで、"突拍子もない声"というのは調子はずれの声のことをいいます。子に命名しようとした「悪魔」なんてのは突拍子もない名前だといえます。<br />
<br />
"突拍子"というのは、突飛とか意外とか度はずれという意味のことばです。"ない"で否定しているのではなく、強調表現なのです。"恐ろしいの恐ろしくないのって"ということば、恐ろしいのか恐ろしくないのかどっちなんだというツッコミがいれられる落語がありますが、これが"恐ろしい"の強調であるのと同様ですね。<br />
<br />
むかしは"突拍子"といわれた音楽上の手法があったそうです。「効果的に使われた突拍子」という言いかたがあったかもしれません。しかし、現在では"突拍子"に助詞の"は"や"が"をつける言いかたはしません。"突拍子もない" "突拍子のない"として使われることが普通になっています。<br />
<br />
》突拍子なお願いですが、《<br />
》かなり突拍子な話ですが《<br />
<br />
聞きなれない言いかたですね。原意からみれば、おかしくはないのですが、現在の使いかたからみれば、なじんだ言いかたではありません。聞き手の脳に疑問符を浮かべさせるのは得策ではないと思います。<br />
<br />
《突然の、無理なお願いですが》<br />
《突飛なお願いで驚かれるかもしれませんが》<br />
《かなり突飛な話ですが》<br />
<br />
などに言いかえたほうがいいでしょうね。<br />
<br />
》突拍子に言います。賄賂。《<br />
<br />
これは、表現としては、度はずれていますね。<br />
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  </entry>
  <entry>
  <title>一幕物</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10404150.html" /> 
  <issued>2007-09-04T07:32:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		一幕物といわれる芝居があります。幕があがって、芝居が終了するまでおりないというものです。けれども、1場面だけとはかぎりません。一幕三場という場合には、幕があがったままで場が2回転換します。<br />
<br />
「一幕」という語の読みは「ひとまく」です。「いちまく」という読みをすることはありません。<br />
<br />
文楽人形のニュースで、「来場者に人形を扱わせるイチマクもあり」と言っておりました。NHK の発音アクセント辞典を見ましたがイチマクは記載されておりませんでした。局でも認めていない言いかただということです。<br />
<br />
ニュース原稿に目を通したとき、むずかしい文字ではなかったのでチェックできなかったのでしょう。また、芝居などをみる環境になかったのでコトバを知らなかったということも考えられます。けれども、事件関係の報道でヒトマクという語は出現します。ヒトマクという語は知ってはいても「一幕」とは結びつかなかったのかもしれません。<br />
<br />
「一」という文字の読みかたには気をつける必要があります。よく耳にするまちがいは「一段落」をヒトダンラクと言っていることです。「一入」はイチニュウではありません。ヒトシオです。「一筆」はイッピツと読む場合とヒトフデと読む場合で意味が異なることがあります。<br />
<br />
とかく、若いアナウンサーには一抹の不安があります。<br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>マンジュシャカ</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10403393.html" /> 
  <issued>2007-09-03T07:20:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		ヒガンバナという花があります。うろこ形の葉をつけた地下茎(鱗茎)に毒をもつ花ですが、煎じればクスリになるそうです。別名に曼珠沙華、シビトバナ{<br />死人花<br />}、ユウレイバナ{<br />幽霊花<br />}などがあります。<br />
<br />
<br /><br /><br />
<br />
<br /><br /><br />
<br />
通常は「マンジュシャゲ」といわれますが、梵語{<br />ボンゴ<br />}での発音は「マンジューサカ」に近いそうです。<br />
<br />
数年前に利用した、京都府舞鶴市にあるサウナ「曼珠沙華」は「マンジュシャカ」と称していました。オーナーが山口百恵のファンだということでした。山口百恵が歌っていた「曼珠沙華」は「マンジュシャカ」でした。<br />
<br />
「華」は常用漢字音訓表には「カ、ケ、はな」が記載されています。漢音では「カ」ですが、呉音では「ゲ、ケ」です。漢音読みを進める方向からは「マンジュシャカ」でもおかしくありません。けれども、「曼」の漢音は「バン」で、呉音は「マン、モン」ですし、「珠」の漢音は「シュ」で呉音は「ス」です。「沙」が漢音では「サ」で呉音では「シャ」ですので、漢音で読むのでしたら「バンシュサカ」とすべきでしょう。呉音では「マンスシャゲ」であり、なまって「マンズシャゲ」、「マンジュシャゲ」になったことはおかしくはありません。<br />
<br />
「マンジュシャゲ」でとおっている語ですので、「マンジュシャカ」と読ませるのでしたら梵語で表記するか、漢字をやめてカタカナで表記すべきだと思います。<br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>障がい者</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10402802.html" /> 
  <issued>2007-09-02T06:55:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		「障害者」という表記を「障がい者」にする動きが福祉関係者や民間団体の間で広がりをみせているということです。「害」という字のもつイメージがよくないというのが理由だそうです。(*)<br />
<br />
もともと「障害」は「障碍」と書かれていたものですが、電柱などに取りつけられている「碍子」の「碍」が当用漢字、常用漢字に含まれなかったために文字の書きかえがなされたのでした。「碍子」は「ガイシ」と書かれるようです。<br />
<br />
当然のことながら、「表記よりも社会の意識を変えることの方が大切」とか「『障』の字も変えるべきだ」といった意見も出てきております。<br />
<br />
安易な漢字の書きかえがよくなかったのです。「高嶺の花」が新聞では「高根の花」と書かれ、意味がわからなくなっています。<br />
<br />
だからといって、かな漢字のまぜ書きに走るのはいかがなものでしょうか。まぜ書きは読みにくさ、読みまちがいを生んでいます。<br />
<br />
むかしでしたら「かたわ」といわれておりましたが、差別語だと指弾されたのでしょうか、「障碍者」にあらためられ、「障害者」になり、いままた「障がい者」にあらためられようとしているのです。「障碍者」というのは"邪魔者、さしつかえもの"という語ですので、いま「害」が問題にされること自体がおかしなことです。ましてや「障がい者」というのは「障碍者」をひきずっておりますので、単なる"めくらまし"でしかありません。<br />
<br />
「かたわ」に戻れないのであれば、あらたな語をつくればいいのです。「さわりびと」とか「あそらびと」など、日本語で造語すればいいのです。<br />
<br />
いずれにせよ、いつかは、それらも忌避されることになるでしょう。おかしなことです。<br />
<br />
<br />−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−<br /><br />
*　<br />「障害者」表記を「障がい者」へ<br />（東奥日報、2007-08-31）<br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>&amp;quot;喝&amp;quot;をとばす </title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10402138.html" /> 
  <issued>2007-09-01T07:19:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		「喝」ということばについては8月24日に<br />看破と喝破<br />に書きました。おなじ音{<br />オン<br />}の「活」は入れるものなのですが、この「喝」につける動詞はなにが適当なのでしょうか。<br />
<br />
》まして、横綱が地方巡業をさぼるなどと、彼が元気なら相撲協会に強烈な“喝”をとばしていたはずだ。《<br />
<br />
これは、ある新聞のコラムの文章にあったものです。「とばす」としています。「檄をとばす」からの連想でしょう。<br />
<br />
ネットで見ますと、「喝！」という書きかたをしているものが圧倒的に多く、「喝を入れる」「喝がはいる」という書きかたをしているものもあります。ある放送局のサイトには「喝！とあっぱれの乱れ打ち」というものもありました。「喝」は、碁や縄、スト、合いの手、うどん･そば、コンクリート、舌鼓、脈、などと同様に「打つ」ものという認識なのでしょう。鼻を打つ臭い{<br />におい<br />}、という言いかたもありますね。<br />
<br />
「カツをいれる」ですと、「活を入れる」と紛らわしいことになります。「檄」には飛ばす、という言いかたが辞書にあります。けれども、「喝」については辞書にも書かれておりません。<br />
<br />
「喝」が禅宗の老師が出す大きな声という意味であるなら、入れる、はいる、打つ、は不適当でしょう。「声」でしたら、かける、だす、たてる、発する、あびせる、なげかける、など、さまざまな動詞がくっつきます。「喝」にはどれが適当でしょうか。<br />
<br />
喝をかける、喝を発する、喝をあびせる、喝をなげかける、あたりが適当なところでしょう。<br />
<br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>─になる</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10401549.html" /> 
  <issued>2007-08-31T07:29:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		会議などに予断、予見をもたずに、準備なしで出席することを「白紙で臨む」ということばであらわします。また、予定、計画がおじゃんになり、ゼロから考え直さなければならなくなることがあります。こういうときには、「白紙にもどす」とか「白紙にかえす」ということばが使われます。<br />
<br />
》千葉県でも２００５（平成１７）年に「太平洋市」なる地名が浮上したことがある。しかし、これも「太平洋に面している海岸線はわずか８キロ」などの理由で白紙となった。《<br />
<br />
ここでは「白紙となった」としています。聞きなれない表現です。<br />
<br />
「─になる」といういいかたは便利で、結果としてその状態になることをいう場合には、なんにでも使えます。得点チャンスにピンチヒッターに起用された選手に対して「男になってこい」ですとか、「午後から雨になるだろう」、「カネになる」「気になる」などはいいのですが、「雨で中止になった」は「雨で中止された」「雨でとりやめられた」のほうがいいでしょうし、「うやむやになる」は「うやむやにされる」のほうが適切でしょう。だれがやったのかをうやむやにするために、わざと、「─になる」という言いかたがなされることもあります。<br />
<br />
「白紙になる」は、「優勝になった」「こちら、コーヒーになります」「明るみになる」などと同様の用語法だと思われます。自然にその状態になるのではなく、他からの力が働いてその状態になったものです。その人あるいはチームが持てる力を発揮し、ほかの人･チームが力を発揮できなかった あるいは 力が劣っていたため「優勝した」、調製した結果なので「こちら、コーヒーです」、隠されていたものを暴いて「明るみに出る」、という用語法をとるのです。計画などが自然におじゃんになったのではなく、おじゃんにしたのですから「白紙にもどす」「白紙にかえす」という ことばづかいをするのですね。<br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>べし・べからず</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10401007.html" /> 
  <issued>2007-08-30T08:54:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		》これは伝統的権力の政治思想として「民は愚かに保て、寄らしむべし知らしむべからず」 が今もつづいているのでしょうか。《<br />
<br />
》良く言えば、清濁併せ呑んで国民を導いていく。悪く言えば、国民を騙して突っ走っていく。まあ、寄らしむべし、知らしむべからず、という江戸時代からのお代官さまの論理と同じですね」《<br />
<br />
》何度も言いますが、「寄らしむべし、知らしむべからず」と言う官僚制度：偉い人が全てを決め普通の人は従っていればいい、情報を得る必要はありませんという価値観は金融政策において、端的にいえば官僚主導の社会主義的金融政策でした。《<br />
<br />
》いわば"寄らしむべし、知らしむべからず"という戦前戦中の帝国主義を支えた高級官僚にあった官尊民卑思想を持つ職員さんがとりわけお若い女性正職員さんに多くいらっしゃる以上、現行であろうが、委託化であろうが利用者の声で自らの不利益（というより面倒）につながる事柄は反映されないのですから、その点でコストの安い委託化をよりマシな選択肢と考えます。《<br />
<br />
》「昔の法文はわざと難しく書いて、何をいっているか判らないようにできている。これは、一般大衆に対して、法律は知らしむべからず寄らしむべし、というお上の政策だ。《<br />
<br />
》経産省官僚の論理は，「知らしむべし，寄らしむべからず」なんだろうか？<br />
国民は所詮，統治対象に過ぎないのだから。《<br />
<br />
》法律に対しては「知らしむべ し、寄らしむべからず」という昔のお上的感覚がいきて、われわれのものではない感覚がどうしてもする。《<br />
<br />
　　　　◇<br />
<br />
「寄らしむべし&amp;hellip;&amp;hellip;」と「知らしむべし&amp;hellip;&amp;hellip;」、混乱しているようですね。<br />
<br />
《寄らしむべし。知らしむべからず。》<br />
<br />
は孔子のコトバではなかったでしょうか。<br />
<br />
このコトバの解釈は、一般に、「親近感を持たせなければならない、しかし、内容を理解させてはいけない」ということだと思われているようです。<br />
<br />
『<br />井底蛙<br />』でちょっと触れております。<br />「井蛙{<br />セイア<br />}はもって海を語るべからず」
"べからず"は、"してはいけない"ということではなく、"することができない"、"することがむずかしい"という意味です。<br />この解釈をするべきなのです。<br />
<br />
「寄らしむべし。知らしむべからず」ということばは、本当は、「信頼を得なければならない。けれども、知ってもらうことはむずかしい」という意味だそうです。35年ほど前に教えてもらいました。<br />
<br />
このことを指摘しているサイトもありました。<br />
<br />
《情報化社会ではどういう事を考えねばならないのか、その中で政治・行政に関与する人々は情報発信・受信についてはいかにあるべきか、人々に知らせることは簡単でも、頼りにして貰うことは難しい──「知らしむべし、寄らしむべからず」の真意だそうです。<br />
（<br />『アイシティ甲府』、「勝手連と選挙」2007.04.12<br />）》<br />
<br />
《孔子の｢寄らしむべし、知らしむべからず｣は、誤解されている。<br />
本来の意味は、「民衆に全てを知らせる事は出来ないから信頼を得るようにせよ。」ということであり、「真実を隠して権力を維持せよ。」という意味ではない。<br />
（<br />『さるさる日記 - 阿久根時事報』2006/10/08の項<br />）》<br />
<br />
このコトバを本当の意味で理解しているかたは少数派だと思われます。したがって、本当の意味で使用すると、誤解されることになります。相手が意味を知っているかたですと、こいつはどっちの意味で使用しているのかな、と考えさせることになってしまいます。<br />
<br />
とどのつまりは、使用しないにこしたことはない、ということになってしまいます。<br />
<br />
誤解が、結果的に、表現の幅を狭めることになってしまうのですね。<br />
<br />
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  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>見られることができそう</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10400225.html" /> 
  <issued>2007-08-29T07:03:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		2007年8月14日のエントリーの「<br />やれることができる<br />」で、<br />
<br />
》高血圧のリスクをぐっと下げれることができる《<br />
<br />
といった"ら抜き"ことばでは重複表現があるけれども、"ら入れ"を含んで、"られる"ことばでは重複表現を聞いたことがないと書きました。<br />
<br />
ラジオ･新聞･雑誌では見聞しなかったのでそのように書いたのですが、パソコン雑誌にあったのです。<br />
<br />
》少なくてもシングルCPUモデルは9月中旬には見られることができそうである。《<br />
<br />
ためしに「見られることができ」でググッてみますと2,180件がヒットしました。けれども、検索の性格のためであり、「見られることができ」という書きかたをしていたのは252件でした。「走られることができ」では991件がヒットしましたが、「走られることができ」という書きかたをしていたのは1件だけでした。「起きられることができ」では1,810件でしたが、同様に3件だけでした。「考えられることができ」ではヒット数は1,920件、うち78件が件{<br />くだん<br />}の表現でした。<br />
<br />
使用例は少ないとはいえ、あることはあるのでした。したがって、"られる"コトバでは可能をあらわす重複表現はないという部分は訂正します。けれども、8月14日の、<br />尊敬をあらわすことばと可能をあらわすことばの使い分けだ、と "ら抜き"ことばを擁護するかたがいらっしゃいますが、可能をあらわすのが"ら抜き"ことばだという弁解が成立しないような重複表現ではあります。<br />という部分の訂正は不要だと思っています。<br />
<br /><br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>井底蛙</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10399489.html" /> 
  <issued>2007-08-28T07:19:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		《井の中の蛙 {かわず} 大海を知らず》<br />
<br />
というコトバがあります。略して、井蛙{<br />セイア<br />}とか井底蛙{<br />セイテイア<br />}ともいわれます。井戸の底のカエルは見解が小さい、世間知らずだ、といった意味のことばです。<br />
<br />
もとは荘子のコトバだということです。<br />
「井蛙不可以語於海者、拘於虚也、夏蟲不可以語於冰者、篤於時也、曲士不可以語於道者、束於教也」<br />
のアタマの部分です。<br />
「井蛙{<br />セイア<br />}はもって海を語るべからず」<br />
<br />
この"べからず"は、"してはいけない"ということではなく、"することができない"、"することがむずかしい"という意味です。<br />
<br />
「井蛙不可以語於海者」を「井の中の蛙 大海を知らず」と翻訳した人はえらいですね。うまく日本語にしています。<br />
<br />
これを もじった ことばがあります。<br />
<br />
《井蛙不可以語於海者　以知海深》<br />
《井蛙不可以語於海者　而知海深》<br />
<br />
というものです。<br />
「もって」「しこうして」ですが、<br />
「井の中の蛙 大海を知らず。されど、海の深さを知る」<br />
と訳されております。<br />
<br />
うまい もじりだな、とは思いますが、無理があるとも思います。井戸の中にあって海を知らないにかかわらず、海の深さを知っているわけがありません。<br />
<br />
《井蛙不可以語於海者　以知空深》<br />
《井の中の蛙 大海を知らず。されど、空の深さを知る。》<br />
<br />
これでしたら わかります。井戸の中からでも空は見えますからね。"もって"を"されど"と訳すところなんざ、にくいですね。<br />
<br />
おなじ"もじりコトバ"を作るにしても、筋道の通ったものにしたいですね。理屈っぽくなるのはいただけませんがね。<br />
<br /><br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>看破と喝破</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10397227.html" /> 
  <issued>2007-08-24T07:27:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		「看破」と「喝破」は似たことばだと思います。どこが違うのかを考えてみました。<br />
<br />
「看」は"みる"という意味のことばで、「看過」「看護」「看守」「看病」などの熟語を形成しています。<br />
<br />
「喝」は「恐喝」「大喝」「喝采{<br />カッサイ<br />}」ぐらいしか思いつきません。<br />
<br />
そこで辞書の出番です。<br />
<br />
<br />
「喝」<br />
<br />
広辞苑第1版<br />
禅宗で、言語･文字では表わしにくいことを示し、または邪見･謬想を叱咤し反省させるに用いる励声。<br />
<br />
なお、「謬想」とは"あやまった考え"と同辞書には書かれています。ビュウソウと読みます。似た語に「謬見」があります。また、「叱咤」の「咤」は［口+宀/匕］の字を使用しています。<br />
<br />
新明解国語辞典第4版<br />
〔禅宗で〕その人の考えがまちがっていることや迷いを悟らせるために老師が出す、大きな声。<br />
<br />
もとプロ野球の監督や選手が、現役選手たちのヘタな行動に対して、テレビの番組で発している「カーツ」という大きな声は、禅宗の老師の真似でしょうが、意味からは、ずれていますね。<br />
<br />
漢字源<br />
(1) しかる。怒鳴る。はっとのどをかすらせて大声で人を制しとどめる。<br />
(2) 人をおどす。▽大声でどなることから。「恐喝」<br />
(3) はっはっとかすれ声を出す。「喝采」<br />
(4) ［俗語］水や酒を飲む。「喝茶{<br />ホオチャ<br />}<br />
<br />
<br />
「喝破」<br />
<br />
広辞苑第1版<br />
(1) 大声で他の言を説き破ること。<br />
(2) 邪説を排し真理を解き明かすこと。<br />
<br />
新明解国語辞典第4版<br />
〔「破」は、真実を明らかにする意〕<br />
堂々たる論陣を張って、真実は こうだと説くこと。<br />
<br />
漢字源<br />
(1) 大声で人のことばをおしとどめ説きふせる。<br />
(2) 誤った説を退けて、正しい説を解き明かす。<br />
<br />
<br />
「看破」<br />
<br />
広辞苑第1版<br />
見やぶること。みあらわすこと。<br />
<br />
新明解国語辞典第4版<br />
表に現われていない物事を見破ること。「敵の計略を─する」<br />
<br />
漢字源<br />
みぬく。見破る。<br />
<br />
<br />
「看破」は"みやぶる"だけ。対して「喝破」は、本当のところを提示することがつきもののようです。<br />
<br />
では、つぎの文章はどうでしょうか。<br />
<br />
2011年にアナログ放送が終了してしまうにもかかわらず、地上デジタル放送受信機の普及率が予想したほどには伸びていないということに関しての記述です。<br />
<br />
》「新しい商品の普及が16％を超えると爆発的に広まる」というエベレット・ロジャースの「16％理論」が総務省の頼みの綱らしいが、それは、「まったく普及してない製品」の話。「ベンツの普及率が16％を超えると、日本中のクルマがすべてベンツになると言っているようなもの」とジャーナリストの坂本衛氏は看破する。《<br />
<br />
これの場合は「看破」でいいのでしょうか。「看破」の意味範囲を越えているように思えるのですが、かといって「喝破」とするには否定の根拠が不足しているように思えます。けれども、「看破」よりは「喝破」のほうが適しているように思えます。<br />
<br />
看破は簡単にできても、喝破をするには理論武装が必要ということになりましょうか。<br />
<br />
いずれにしても、むずかしい漢語を使わずに<br />
<br />
《理論の おかしな点を指摘した》<br />
<br />
としておいたほうがいいと思います。<br />
<br /><br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>深夜</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10396598.html" /> 
  <issued>2007-08-23T08:15:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		パ「６日の深夜から」<br />
ア「６日の深夜って」<br />
パ「先週月曜６日の深夜から７日の早朝にかけて」<br />
<br />
こういう やりとりをラジオで聞きました。パは番組のパーソナリティ、アはアシスタントの発言です。<br />
<br />
パーソナリティは、若手の指導をもおこなっていた、そのテレビとラジオの放送局の元アナウンサーで、アシスタントは現役の局アナウンサーです。<br />
<br />
このやりとりから、放送局が「日曜深夜」といういいかたで「月曜午前0時以降」をもいういいかたが新しいものであることがわかります。現役アナウンサーの頭が混乱した様子がみてとれます。<br />
<br />
元アナウンサーは、局を離れていたために、時刻を変な表現で示す言いかたを知らず、普通の人間の常識を保っていたということでしょう。<br />
<br />
いってみれば社内の符丁を放送で流すこと自体がおかしなことなのです。放送局にかぎらず、社内の符丁をそのまま客にむかって使用することが ときどき みられます。駅の放送にもありますしね。社内の符丁は社内にとどめておいていただきたいものです。<br />
<br />
<br />
【関連記事】<br />
・<br />2006年7月13日のエントリー<br /><br />
・<br />2007年5月21日のエントリー<br /><br />
・<br />2007年3月4日のエントリー<br /><br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>口腔　腹腔</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10396030.html" /> 
  <issued>2007-08-22T07:19:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		残念です。「腔」に「こう」と"よみがな"をつける数少ないメディアが減ってしまいました。<br />
<br />
昨年7月21日のエントリーは、王貞治監督の手術報道で「腹腔」をどのように報道しているかをチェックしたものでした。（<br />「腹腔」鏡手術の読みかた<br />）<br />
<br />
わたしが確認できたもので「ふくこう」としていたのは、新聞では産經だけ、放送では毎日放送の松川浩子アナウンサーだけでした。秋田魁新報は別の事件報道で「ふくこう」としていました。<br />
<br />
<br />
《全国の口腔（こうこう）衛生指導を担なっていたが、９２年から口腔保健用品の認可や推奨を行っており、これが口腔保健用品産業界との癒着、市場の混乱を招いていた。》<br />
これはことし5月16日の産經の記事にあったものです。「北京＝福島香織」という名前入りの記事でした。「口腔」に「こうこう」という"よみがな"がつけられています。<br />
<br />
ところが、8月21日の記事では、<br />
<br />
》静岡県の藤枝市立総合病院の歯科口腔（こうくう）外科で診療報酬の不正受給があったとして、厚生労働省と静岡社会保険事務局は２１日までに、健康保険法に基づく同病院の保険医療機関の指定を取り消す方針を固めた。<br />
(<br />不正受給の藤枝市立病院、保険医療機関取り消しへ<br />── イザ！)《<br />
<br />
》静岡県の藤枝市立総合病院の歯科口腔（こうくう）外科で、５年間に約１億２２００万円の診療報酬の不正受給があったとして、厚生労働省と静岡社会保険事務局は２１日までに、健康保険法に基づく同病院の保険医療機関の指定を取り消す方針を固めた。<br />
(<br />不正受給の藤枝市立病院、保険医療機関取り消しへ<br />──SankeiWEB)《<br />
<br />
「口腔」に「こうくう」と"よみがな"をつけています。前者はサンケイ･グループの総合サイトで、後者は産經新聞のサイトの記事です。表現に若干の差がありますが、"よみがな"は同じです。<br />
<br />
医学界の誤りにあわせることはないでしょう。医者の中にも、著書に「こうこう」「ふくこう」とルビをふっているかたがいらっしゃいます。ある医者は、普段はコウクウ、フククウと言っているけれども、正しくはコウコウ、フクコウなんですよね、とおっしゃっていました。<br />
<br />
朝日や毎日、讀賣、日経など、ほかの新聞社にあわせる方向で方針を変更したのでしょうか。国語審議会の「国語に関する世論調査」が「口腔」や「腹腔」の読み方を取り上げたとき、その報道がやりにくくなりますよ。<br />
<br />
<br />
なお、「腹腔」に「ふくこう」と"よみがな"をつけていた秋田魁新報社のサイト「さきがけonTheWeb」では、同記事に"よみがな"は つけられてはおりませんでした。<br />
<br /><br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>ほど近い</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10395450.html" /> 
  <issued>2007-08-21T07:04:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		「ほどとおい{<br />程遠い<br />}」ということばをめっきり見聞きしなくなりました。「ほどちかい」は頻繁に聞くことができるのですがね。<br />
<br />
新明解国語辞典第4版には「ほどちかい」という見出しはありませんが「ほどとおい」は掲載されています。「かなりの隔たりがある様子だ」を定義としています。<br />
<br />
広辞苑第1版と日本語大辞典には両方とも掲載されています。いずれも空間の隔たりと時間の隔たりの大小をいっています。空間の隔たりが大きければ時間もかかりますので、時間と空間とが併記されているのだと思います。<br />
<br />
<br />
「成功にはほど遠い」とはいいますが、「成功にほど近い」とはいいません。新明解の例文には、「完成（解決）までには程遠い」「理念からは程遠い」「現状は○○に程遠い」「程遠からぬ〔=それほど遠くない〕」があげられています。<br />
<br />
「ほど近い」は、「駅に ほど近い」といったような、空間的距離に限定された使われかたがなされているようにみえます<br />*<br />。<br />
<br />
新明解の例文は、最後のものを除いて、「ほどちかい」に置き換えることはできません。それらは空間的距離のことをいっているのではないからでしょう。「ほどちかい」を掲載している広辞苑第1版と日本語大辞典には、いずれも文を例示しておりません。<br />
<br />
空間的距離の意味の「ほど近い」がのさばればのさばるほど「成功」や「完成」「解決」「理念」「現状」といった抽象概念との組み合わせで「ほど遠い」を使うことがはばかられるような気分になり、使用頻度が減少しているのでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />----------------------------------<br /><br />
*　「駅からほどちかい」といういいかたが多いようです。放送されているケースでは「から」よりも「に」の方が適切だと思います。「から」を使用しているのは、駅で下車して移動している状況だからではないでしょうか。上空から見おろした状態では「駅から」といういいかたは出てこないように思います。逆に「ほど遠い」は「から」のほうがぴったりしているように思えます。<br />
<br /><br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>気が置けない人［置く］</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10394850.html" /> 
  <issued>2007-08-20T07:10:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		決まりきったコトバが逆の意味で使われていることがあります。<br />
<br />
「流れに棹さす」を「水に逆らう」、「役不足」を「力不足」、「なし崩し」をなにもなしで終わってしまうこと、といった意味で使われていることが多いということです。<br />
<br />
「怒り心頭に達する」を正しいと思っているひとが74%もいたということは、「怒り心頭に発する」と言えば間違っていると思われるということでもあります。<br />
<br />
「気が置けないひと」というコトバを「気を許せないひと」と解釈するひとも意外に多いそうです。<br />
<br />
「置く」の意味がポイントでしょう。<br />
<br />
〈置く〉<br />
広辞苑第1版には、「運命を占う」という意味も記載されております。これは算木を置くところからきているそうです。「事物をそのままにしておくこと」という意味あいでの「そのままですます。なにもしない」という意味は、いわれてみればそういう使いかたもあるなと思えます。<br />
<br />
普通は「事物をその位置にとどめること」という意味あいで使用しますね。この意味のバリエーションで、「心にとどめる。気にかける。注意する」という意味も記載されています。「気が置ける」「気が置けない」の「置く」はこの意味ですね。<br />
<br />
新明解国語辞典第4版は、おもしろい定義をしています。「時間的･空間的な間隔を保たせる」という意味範疇{<br />ハンチュウ<br />}で、「心を置く：A 留意する B あいてに隔てがましくする」という記述に続けて、「気の置けない人：A 気を許してつきあうことの出来る人 B 気を許してつきあうことの出来ない人（B はもと誤用に基づく）」という記述があります。<br />
<br />
間隔をもたせることを間隔を置くといいますね。「気を置く」はこれですね。しかし、気になるのは B の定義です。「誤用に基づく」と書かれていますが「間違い」とはしておりません。誤用が発展し、慣用として定着してしまったコトバもあります。<br />
<br />
過半数のひとが誤解をしている状況では、正しい意味あいで使用していると誤解されるということになります。<br />
<br />
使用するときには誤解を防ぐために脚注をつけておくほうがいいかもしれません。<br />
<br />
誤解を恐れずに使用するのもひとつの方向でしょうが、間違いであることが浸透して、正しく理解している人が多数派になるまでは使用しないほうがいいように思います。<br />
<br /><br />
【参考】<br />
<br />激しく怒ることを<br />
　　怒り心頭に発する　　　　14.0%<br />
　　怒り心頭に達する　　　　74.2%<br />
　　どちらも使う　　　　　　  1.8%<br />
　　分からない　　　　　　　10.0%<br />
（平成17年度「国語に関する世論調査」文化庁）<br /><br />
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  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>読むのが困難な子たちの名前</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10394341.html" /> 
  <issued>2007-08-19T07:31:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		「首」という名のひとがおられました。読みかたにこまりました。漢和辞典をみて「はじめ」ではないかと推測し、『新しい常用漢字の書き表し方』(角川書店) の「人名の読み方」にのっていることを確認したうえで、「はじめ サン、とおっしゃるのでしょうか」とおそるおそる確認したものです。<br />
<br />
「賢」は「さとる」とも「まさる」とも読まれています。いちいち訂正するのが面倒になったのか、ある町長は「けん」と称しているのだと言っておりました。<br />
<br />
「倫子」は「ともこ」「みちこ」「のりこ」などと読まれます。正確に読んでもらえない、と ひとを責めてはいけませんね。知らない場合に正確に読むことのできる確率は数分の一ですからね。<br />
<br />
小学校時代の同級生は、当時は「じゅん」で通っており、教師も「じゅん」と呼んでおりましたが、国会では「○○あつしクーン」と呼ばれておりました。<br />
<br />
現在の法律では、「太郎」と書いて「さぶろう」と読むことにしてもかまわないことになっております。けれども、奇抜な読みかたはしないほうがいいと思います。<br />
<br />
最近の子たちの名前はどう読めばいいのか分からないものがたくさんあります。<br />
<br />
お読みになれますか。m は男児、f は女児です。すべて実在の子たちの名前です。<br />
<br />
遙人　m　　すみと<br />
蒼空　m　　そら<br />
心音　f　　ここね<br />
星菜　f　　せな<br />
力駆　m　　りく<br />
晟凪　m　　せな<br />
大翔　m　　ひろと<br />
翔也　m　　大翔と双子ですが、しょうや<br />
亜佑　f　　あゆ<br />
悠月　f　　ゆづき<br />
紅愛　f　　くれあ<br />
絵夢　f　　えむ<br />
花衣　m　　けい<br />
真凛　f　　まりん<br />
真珠　f　　まこ<br />
由奈　f　　ゆいな<br />
飛摩　m　　はゆま<br />
咲名　f　　さな<br />
<br />
有名人が子たちにつける名前が報道されますので、奇抜な読みかたの名前が広く知られるようになっています。皇室のかたがたのお名前にも漢字の意味から読ませるものがあります。<br />
<br />
覚えてしまえばいいのでしょうが、次から次へと奇抜な読みかたをする名前が現れますと、無用なことに脳の記憶領域を使用せねばなりません。むかしの難読名は故事や中国の文書に由来するものが多かったようですが、いまは、漢字から想起されるイメージを重視しているように思えます。いずれにしても難読名は周囲のものが迷惑します。<br />
<br />
ヘタに漢字をあてるのは止し{<br />よし<br />}にしましょうよ。<br />
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  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>異体字</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10393711.html" /> 
  <issued>2007-08-18T07:10:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		三重県下のある町の広報誌で目にした姓に「価」の旁{<br />つくり<br />}を使用したものがありました。正確には「価」の旧字体である「價」の旁の上部です。この文字は「西」とは別の文字です。こういう文字はありませんので、広報誌では作字していました。ハローページも作字していました。ほかの文字と線の形状や大きさが違っていますので明確にわかります。西山や西川でしたらありふれた姓ですが、この文字を使用した姓はめずらしいと思います。街なかで見かける看板にもその文字が使われていました。書く場合には、どんな字形でも自由にえがけますからね。<br />
<br />
「西」という文字を書くとき、漢字を学びはじめた小学生でしたら、正確に、線を曲げて書いています。ところが、長ずるにつれて無精になるのでしょうか、曲げるべき線を縦に、たいていは反対方向に軽く曲げて書いています。<br />
<br />
明治になって、姓をつけることになり、地域の名士である僧侶らにつけてもらい、書いてもらって、それを役場にもちこんで登録することが多かったようです。楷書で書かれておればよかったのでしょうが、草書にちかい行書で書かれていたことが多かったのではないかと推測しております。そのために縦線の曲がっていない「西」の文字が誕生したものでしょう。<br />
<br />
「崎」の旁の上部が「立」になっている異体字があります。これは明治維新の前からあった文字です。手書き文字を書写しているうちに、文字をよく知らない人が「大」の行書体で、右はらいがつぎの横線の書きはじめの方向にむかっている形状を「立」と読みとり、そのように書いたものだと推測しております。<br />
<br />
おなじことが姓の登録のときにも起こったものと思われます。<br />
<br />
カナ漢字変換の効率を上げるためには異体字の整理が必要になるでしょう。コンピューターを使用して名寄せをする場合には、少なくとも、ユニコードにも登録されていないような異体字を、できれば、異体字すべてを整理しておかなければならないでしょう。<br />
<br />
「斉」を「斎」の略字と思いこんでいるいるかたが多々おられます。「斉」と「斎」とは別の字です。明治維新までは、「斎藤」さんはいても、「斉藤」さんはいなかったそうです。「斉藤」さんは江戸時代には名字をゆるされていなかった家系だということになります。<br />
<br />
「斉」は「斎」の略字といったような誤解も解消しておかなけばならないでしょう。<br />
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  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>お届きになりましたでしょうか</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://torokko.noblog.net/blog/10393142.html" /> 
  <issued>2007-08-17T06:58:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		敬語を使わなければ、丁寧に言わなければ──という思いが、日ごろ使い慣れない言いかたをする圧力として働くことがあるようです。<br />
<br />
ただでさえ、緊張状態では、なにかとミスをおかしやすくなるものです。ましてや、相手が顧客であれば、失礼があってはならないうえに、企業･団体を代表して接するわけですから、敬語を使わないわけにはゆきません。<br />
<br />
》もうすでに○○はお届きになりましたでしょうか。《<br />
<br />
丁寧に言う対象が、相手ではなく、届けるモノになってしまっています。「届きましたでしょうか」では丁寧ではないと考えたのでしょう。それでいいのですがね。<br />
<br />
別の角度からみれば、別の言いかたも思いつくでしょう。<br />
<br />
《○○は、お受け取りになっていただけましたでしょうか。》<br />
発想を変えればいいのですがね。ただ、これでは二重敬語だと指摘されそうです。<br />
<br />
《○○をお送りしましたが、受け取っていただけましたでしょうか。》<br />
無難なところですね。<br />
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  </content>
  </entry>
</feed>